宮里藍選手の引退にアスリートの引き際の見送り方に思いを馳せて 其の1

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     少し前になりますが、日本の女子プロゴルフ界をけん引してきた宮里藍選手が今季限りでの引退を表明しましたよね。

     

     まだまだ第一線でプレーできる能力はあるはずですが「プロとしてのモチベーションの低下」を理由に挙げてクラブを置く決意をした宮里選手。

     

     彼女の引き際に関する決断に、アスリートの引退の難しさとそれを見送るスタッフの「品格」のようなもの。そんなことにしばし思いを馳せました。

     

    小宮山悟さんの引退エピソード
     2009年を最後にプロ野球選手としての現役を終えた小宮山悟投手。同年の5月には、当時のボビーバレンタイン監督には、このシーズン限りでの『引退』を伝えていたそうです。ファームで、若手選手のやる気を削がないため、週に1度の登板を続けていたんですよね。

     

     当時二軍のチーフコンディショニングコーディネーターを務めていた弘田。5月に小宮山さんがファームに合流した時点で、何となく雰囲気が変化しているのを感じました。

     

     時折話してくれる若いころのエピソードや浦和球場の思い出話、当時の荘コーチと全体練習終了後に急に「四つ葉のクローバー探し」に没頭したり…。

     

     端々に残り少ないユニフォーム生活を噛みしめているような雰囲気が感じられ、「ああ、ご自身の中では何らかの思いが既にあるんだろうなぁ…少しでも多くのものを小宮山さんから学びたいなぁ。」

     

     そんな風に感じていました。


     最近、フェイスブックの投稿にて小宮山さんが当時のエピソードを挙げてくれていました。大好きだった当時の二軍監督、レン・サカタの素敵な対応というか、その姿勢。胸が熱くなり、何とかまたレンに会ってお話がしたいなぁ…と感じてしまいました。

     

     大意はそのまま、ちょっとまとめた小宮山さんの投稿、ご本人から了承をいただいたのでご紹介します。

     

    『1軍が順位確定した時点で、2軍監督だったレン・サカタに、このシーズン限りでの『引退』を伝える事にしていました。ところが計算ミスで、順位確定前の9月の下旬に、とあるスポーツ新聞が、『引退』の記事を掲載するとの連絡が……。

     

     横須賀でのシーレックス(ベイスターズだったかな、シーレックスが無くなって?)戦のため、新横浜プリンスホテルに宿泊してましたが23:00に、監督であるレンを掴まえ矢嶋通訳とミーティング……。

     

     『隠していて、申し訳ありませんでした。実は今季限りで引退すると決めてマイナーに来ました。ボビーには5月に伝えてあり、レンには黙って若い選手にベテランのマイナーリーガーが、毎日必死に練習する姿を見せて、刺激を与える事を仕事とし、迷惑をかけないようにしてました……。色々、ありがとうございました。ファーム選手権の可能性のあるチームの力になれるように、残り頑張りますので、よろしくお願いします……。』

     

     そう言って、矢嶋通訳が丁寧に言葉を選びレンに伝えてくれると、レンの第一声が…。

    まさに、藍ちゃんのそれでした…。

     

    "Congratulations!" 

    『おめでとう。ここまで築き上げたKomiの野球選手としてのキャリアを心からお祝いします』と…。

     

     ちょっと、グッと来ましたね……。


     翌日、横須賀スタジアムの試合前にレンが時間を作ってくれて、選手に報告。レンからも、改めて労いの言葉……。昨日の事のようです………。』

     

     横須賀スタジアムでの試合前、レンから紹介され、ちょっとぶっきらぼうで照れたような小宮山さんの引退報告を直接聞きました。

     

    その頃の記事がコチラ→ http://yujihirota.jugem.jp/?eid=113

     

     …ちょっと長くなってきたので、この続きは次回ブログでご紹介したいと思います!

     


    仕事に対する覚悟と恐怖が高まる一番のきっかけとは

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       先日、アドバイザー的な役割で関わらせていただいているタチリュウコンディショニングジムのスタッフの一人が、父親になりました。

       

       昨今の風潮にそぐわず、何しろスタッフの結婚が早いのがこの施設の特徴。出産祝いのプレゼントを準備するのも気がつけば5人目になりました。

       

       とてもめでたい今回のスタッフの第一子出産。自分が初めて父になったときのことを改めて思い出しました。なぜかというと弘田にとってその日は「人生最大の不安」を感じた日でもあったからです。

       

      長女の誕生で味わった初めての感情
       2003年9月16日。14年近く前のこの日、待望の第一子である長女が誕生しました。

       

       当時まだ東京ドームを本拠地としてていた日本ハムファイターズとの試合直前に生まれたこの子を初めて抱っこしたのは翌日9月17日の朝でした。

       

       妻から手渡された娘は壊れそうなぐらい小さくて、首もぐにゃぐにゃ。我が子を必死に支えながら、「ああ、この子が大人になるまで育てていくために俺が稼いでいかなくちゃいけないんだ…」とめちゃくちゃリアルに感じたものです。

       

       それは「身が引き締まる」とか「責任を感じる」といったレベルとは比べ物にならない、生まれて初めて味わう「恐怖」というレベルでした。

       

       天使のような軽くてかよわい我が子を抱いた感動と同時に、その重みに不安を抱かずにはいられなかったんですよね。

       

      未経験ゆえの「開き直り」と決別して
       曲がりなりにも25まで生きてきて、留学するチャンスをもらって自分の夢に向かって突き進んでいた時期。自分なりにリスクはとっているつもりでしたが、その覚悟は「何とかなるでしょ!」という一種の開き直りにも似たものでした。

       

       それが妻や子供という守るべきものができたことを心から実感した瞬間、崩壊してしまったんでしょうね。

       

       結婚をして二人の子供に恵まれて14年。今仕事に向き合っている自分は、昔よりも恐怖心や危機意識は強まっているのを感じます。

       

       だからこそ日和らず妥協せずに、凛として自分のスタイルを貫けるように日々の積み重ねが大切だよなぁ、と肝に銘じています。

      そういう意味では、徐々にですがようやく本当の意味での覚悟ができつつあるのかもしれませんね。

       

       子供ができて家族ができていくプロセスで学べた経験が、今の自分を支えているのだと思っています。ただの真面目な記事になっちゃいましたが…。

       

       

      それではまた、お会いしましょう。弘田雄士でした。

       


      コンディショニングコーチの仕事に向かってきたプロセス 其の2

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         昨日からのブログの続きになります。それがコチラ→http://yujihirota.jugem.jp/?eid=1181

         

        自分なりの方法でアピール
          渡米後の2ヶ月間も、まずは語学学校に通いました。その中で大学の授業がスタートする前に、英語の勉強以外でこれだけはやろうと決めて実行したことがあります。

         

         それが、私が所属する学部の学部長と先生方への挨拶。まず学部長に電話でアポイントを取るための文章を用意し、拙い英語で話したことを覚えています。

         

         実際にお会いして、インターンが1番の目的であること、日本に戻ってプロ野球チームのコンディショニングコーチになるのが夢だということを伝えました。

         

         こんなことをする学生は今までにいなかったために印象に残ったようで、その後もずっと目をかけて頂きました。

         

         これ、実は有料で留学相談をしてもらっていた担当の方に聞いた「裏技」だったのですが効果はてきめん。約3ヶ月かけて先生方への挨拶回りをしたのですが、学部の授業が始まった時に、先生方が既に「ユウジ」と自分のことを覚えていてくれました。

         

         特に留学当初の個別への配慮は本当に助かりました。あれがなかったらどうなっていたか、正直ゾッとしています…。


        違いを生むのは「準備力」
         目標だったインターンは、まずキャンパス内のトレーニングルームから始まりました。そこでは、すべての運動部の学生と接することができるので、コミュニケーションの取り方を学ぶことができましたし、いろいろなトレーニングの補助を経験したことが、後々も役に立ったんですよね。

         

         4年生時からはついに、目標であったトレッドマットヘンズに帯同してのインターンのチャンスをいただけました。ラッキーな部分もありましたが、弘田自身の能力が人一倍高かったわけではありません。「人の力」に大した差なんてないですから…。

         

         結果に違いが出る分岐点は、目的に向かって準備ができるかどうか。それだけのような気がします。目標であったインターンのチャンスをもらえたのは、準備と野球選手を尊敬する気持ちを常に忘れなかったからだと今でも思っています。


        「夢は正夢」の意味
         アメリカの大学を卒業後は当初の目標を達成すべく、日本に戻ってプロ野球チームのコンディショニングコーチになることだけを考えていました。今考えると偏った思考にちょっとゾッとしますが…。

         

         12球団すべてに対して履歴書を送ったところ、千葉ロッテマリーンズの秋季キャンプに参加できることになったんですよね。

         

         今まで遠い存在だった選手が側にいて、浦和での秋季キャンプの際には弘田の目の前で憧れのショートストップ、小坂誠さんが着替えていて、ドキドキしすぎて震えました(笑)。

         

         その後正式採用になって7年間、ロッテのコンディショニング・コーディネーターとして、選手をみる機会に恵まれました。結果的に僅か6年足らずで、真っ直ぐに自分の夢を叶えることができたんですから、本当にラッキーでした。

         

         このブログのタイトルでもある「夢は正夢」という座右の銘は、栗山英樹さん(日本ハムファイターズ監督)のお言葉です。

         

         自分のなりたい姿を思い描いてそこに向かって努力を積み重ねれば、必ずしも夢が叶わなくとも、夢を目標に変えることは可能である。そういった意味に解釈しています。

         

        ゴールから逆算してスタートすること

         振り返ってみると弘田にとって留学生活は、異文化の中、自分の夢と課題に向かってひたすら集中できた時間でした。

         

         今、留学を視野に入れている学生さんがいて、弘田が伝えられること。それはゴールを決めてからスタートをしなくては意味がないよ、ということです。

         

         その手段の一つとして留学がありチャレンジできる環境で、自分の中に「GO!」が鳴ったらもう迷わずにやり切ることです。

         

         何かから逃げるために留学を選択している部分が1%でもあったら、考え直した方がいいでしょう。留学があなたの人生を変えてくれるわけではありませんから。

         

         弘田が留学を目指した20年前と違って、日本にいながらにして海外のカリキュラムを学ぶこともできる時代になりましたし、留学に対する比重も変化してきている部分もあります。

         

         きちんとした目的意識がなければただの「お客さん」になってしまうかもしれませんよね。

         

         結局、自分を変えてくれるものなんて自分の外側の因子にはありません。だから自分が変わるしかないんですよね…

         

         自分自身がワクワクして向かうことのできる先へ、留学という手段をきっかけにして進んで行ければベスト。そんな若い世代の人たちを心から応援しています。少しでも留学のリアルの一端が伝われば嬉しいです。

         

         

        それではまた、お会いしましょう。弘田雄士でした。

         


        コンディショニングコーチの仕事に向かってきたプロセス 其の1

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           以前留学をした経験を記事にまとめてもらう機会がありました。その際にお話しした内容に修正・加筆をして2回に分けてブログ内で紹介しようと思います。

           

           なぜなら今、日本から海外留学を考えている人の参考になるかも知れないと感じたから。ちょっとした参考になるかもしれませんので、ちょっとお付き合いしていただけたら、と思います。

           

          自分が選手を諦められた時期
           幼い頃からずっと野球漬けだった弘田。大学に進んでしばらくしてからようやく野球選手としてのキャリアを諦めることができました。

           

           この決断に至るまでは、このまま野球を続けていてもとてもじゃないけれど試合に出るのは不可能と感じながら、野球選手への未練を断ち切れずにいたんです。

           

           そんなある日、ふと高校時代に参考にしていたトレーニングのことを思い出しました。チューブを使った肩のトレーニング。それを広めていたのは元プロ野球選手ではない立花龍司さんで、彼の肩書はコンディショニングコーチ。

           

           これだ!と思ったんですよね。

           

           選手の道を諦めた場合、何かスポーツに携われる仕事はないかと考えていたとき、真っ先に頭に浮かんだのは俗にいうアスレティックトレーナーでした。

           

           しかしテーピングを巻いたり応急処置をしたり、といった業務が自分に適しているとは思えずに、モチベーションは全く上がらなかったのです。

           

           コンディショニングコーチであれば、グラウンドでより選手に近いところで仕事が出来る。そんな不純な(?)思いからストレングス&コンディショニングの仕事について具体的に調べ始めました。

           

           どういった知識が必要なのか、どのような人間性が求められているのかについて、情報を集めることにも力を注いでいましたね。

           

           結果的に自分が進むべき道がどんどん明確になっていったことを鮮明に覚えています。

           

           「日本のプロ野球チームでコンディショニングコーチになる」という新たな夢を持った時、完全に野球選手への未練から解き放たれて、新しい目標に向かって進み出すことができたんですよね。


          決断するのに遅すぎることはない  
           弘田の数少ない才能の一つが、「自分の頭で考え納得したら絶対に続ける」ことが出来る継続性です。日本大学卒業後にアメリカの大学へ留学しようと準備を始めました。

           

           15年前の当時、日本よりも運動科学の分野で進んでいたアメリカでインターンの経験を積みたかったからです。

           

           結果的に、日本とアメリカの2つの大学を卒業することになりましたが、遅すぎた、遠回りだった、とは感じていません。二つの大学を卒業させてくれた母親には頭が上がりませんが…。

           

           個人的には物事は「よし、これだ!」と決断した時こそが、始めるべき時なのだと思っています。

           

           この時点で英語という問題は全く手つかずのまま。当時の弘田は、英語は全然喋れず苦手科目の一つ。そして残された時間は1年間。できる限り厳しい環境で英語を学ぼうと思い、英語以外使ってはいけない都内の語学学校に通いました。

           

           今はなくなってしまった新宿にあったこの語学学校、本当にユニークでした。教室にたどり着かなくても施設内に足を踏み入れた瞬間から英語のみ。

           

           一度ホットコーヒーが手にかかり、「あちっ!!」と言ったら罰金1000円を払った、という笑い話もありました…。


           とにもかくにも要領を得ないまま、量をこなすことで少しずつ英語を習得していった時期でしたね。

           

           この語学学校に通っていたことで、結果的にアメリカへ行く前に英語しか話せないもどかしさやストレスへの抵抗力がついたことの方が役立った部分もありました。

           


          まだ見ぬ道を進むために
           アメリカの大学選びは、よりチャンスに近づくためにはどうすればよいかという観点で情報収集。日本人の真面目さをよく知っていて、なおかつ、日本人が少ない場所がよいということで、オハイオ州の大学に決めました。

           

           そして1番の目標は、MLBデトロイトタイガース傘下AAAトレッドマットヘンズでインターンをすること。同球団のメジャーレベルのチームに木田優夫投手(元日本ハムファイターズ)がいらっしゃったのですが、当時、日本人選手の存在はめずらしいこと。

           

           選手でさえもめずらしい時代ですから、日本人のコンディショニングコーチは、なおさらです。誰かが作った道を歩くことは、心強い反面、競争率が高いですよね。

           

           それなら、自分で新しい道を作っていけばいい、そんなふうに考えていました。

           

           

             明日に続きます!

           


          1RMテストに思う「可視化できる結果を出す」責任

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             先週の休み明けの月曜日を利用して、所属する社会人ラグビーチームの最大筋力テストを行いました。選手にとっても憂うつな部分があるとは思いますが、「ヘッドコンディショニングコーチ」として部門を管轄させてもらっている身としては、選手以上に緊張するものでもあります。

             

            わかりやすい結果を出すのは第一条件
             最大筋力やパワーの向上。重量やデバイスを用いることでわかりやすく数値として表れるものをUPさせる。

             

             これに関してはきちんとした理論を踏まえて適切な頻度や回数を設定して行えば、S&Cを専門としている人たちにとってはそれほど難しいことではない。

             

             …ちょっと言い過ぎかもしれませんが、これは事実だと思います。UP率の多寡や目標向上率までの到達スピードには大きくスキルや経験、知識がものをいいますが、ある程度はUPさせることが出来る要素です。

             

             それでもS&Cチームとして自分たちが取り組んできたことが、ずばり結果で出るのは大きな重圧。今回の1RMテストは過去にないぐらいの伸び率プラス達成率だったので、メインでストレングスプログラムを構成してくれるルイス・ダリモアやいつも細かく選手のフォーム指導や声掛けをしてくれている寺田京太氏にただ感謝。

             

             選手にも「よくやった!」と声をかけたい気持ちですが、彼らにとっては半ばこれが仕事でもあるわけなので、引き続きプッシュしていきたいと思います。

             

             とても抽象的な表現にはなるのですが、S&Cの専門家として弘田自身は筋力強化はパフォーマンスを発揮するアスリートにとって、ど真ん中にある一番大切なもの、という感覚はありません。

             

             薄っぺらい「動きを機能的(この文脈での使い方が既に怪しい)に使えることのほうが筋力を向上させるよりも大切だ!」という主張をしたいわけではなく、鍛えられた体や自分というフレームをトレーニングや技術練習を通して理解し、使いこなせるようになることがアスリートには最も重要なのではないか、と感じているんです。

             

             筋力やパワーの向上も大切ですが、それは数ある押さえておくべき要素の一つ。そんな捉え方なんですね。

             

             …とはいえ、監督やコーチ、運営サイドから、S&Cの専門家にわかりやすく求められている代表的な要素が、この最大筋力やパワー、スピードやフィットネスの向上です。

             

             市場的な考え方かもしれませんが、自分を必要としているマーケットが求めているニーズに「わかりやすい形」で応えること。まずこれを達成しなくては、自分の感覚的なより大切なものであったり哲学に沿ったポリシーみたいなものを追うことはできないし、すべきではない。

             

             一商品として雇用されている弘田はそんな風に考えています。だからこそ、まずはわかりやすい結果として最大筋力やパワーの向上という可視化できるものが欲しい…。それで選手以上に緊張するわけです(笑)。

             

             まずはその責任を果たすことが求められているわけですからね。

             

             本日東京移動し、明日はリコーブラックラムズとの練習試合。その後の休み明けの月曜日にはフィットネステストが選手を待っています。この数値がどれくらい向上しているか。このテストに関しても今からもうドキドキしております…。

             

             こういった心境はストレングス&コンディショニング業に従事していないとわかってもらえないだろうなぁ…といつも半ばやつあたり気味にコーチや周りのチームスタッフを眺めたりしているんですけれどね。

             

             最後はちょっと愚痴っぽくなってしまいましたが、定期的に行うフィジカルテストに思うことを書いてみました。

             

             

            それではまた、お会いしましょう。弘田雄士でした。

             


            スポーツ現場で働きたい!というロマンは推進力として捉える

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               若い世代のトレーナーをしている人たちや、これからトレーナー業を目指す学生たち。話をしてみると、「いつかオリンピックに出場する選手をサポートしたいんです!」、「オリンピックに携わるようなキャリアに憧れています!」という言葉をよく耳にします。

               

               弘田自身はなぜだか分からないのですが、オリンピックに関しては仕事として興味はほとんどなく、専ら一国民として楽しむ側なのですが、「きちんと勉強し経験を積んで、プロ野球の現場で働くんだ!!」というキラキラした思いで、Strength & Conditioningの世界に飛び込んだ人間。

               

               その気持ち、よくわかる部分があります。

               

               こういった思い、自分のキャリアビジョンの中期におくのはいいですよね。仕事として確立していくためにも、自分のキャリアの中でオリンピックのような大舞台にて、必要とされて選手をサポートする機会を得る。これは大きな信用につながりますし、ある種の夢実現のためのモチベーションになりますから。

               

               一方で「オリンピックにトレーナーとして関わりたい」、「トップレベルのスポーツ現場で働きたい」をゴールとして設定しそこに向かって一心不乱に邁進する、というのは大きなリスクだなぁと思っています。

               

              プライドを備えた契約社員という感覚を
               そんな思いをさらに強くしたのは先日目にしたこの記事を読んだ際でした。

               

              それがコチラ→ 五輪の裏方、相次ぐ契約終了 「私たちは使い捨て」
              http://digital.asahi.com/articles/ASK416664K41UTIL011.html?_requesturl=articles%2FASK416664K41UTIL011.html&rm=579

               

               国立スポーツ科学センター(JISS)に所属しオリンピック選手を支えたトレーナー関連業務の方の多くは弘田もお会いしたり親交のあるメンバーでした。5年周期の1つに当たる2016年度が終了するタイミングで、多くのメンバーが入れ替わりとなりました。

               

               契約は1年ごとで期間は計4年。その後もう1度だけ4年間、五輪は2大会にのみ関わることができるものの、その際は半年の空白期間が必要になる。

               

               これがJISS所属のトレーナー業の方のオリンピックに関わる際のルールなんですよね。

               

               もちろん全てのオリンピック種目が文部科学省日本スポーツ振興センター(JSC)に委託しているわけではないので、業務委託の形や施設からの出向の形でオリンピックに関わる人たちもいらっしゃいますが、特にオリンピック関連のお仕事は急に決まって急に終わることが多いようです。

               

               オリンピックだけでなく、スポーツ現場に関わるトレーナー業の雇用環境はますます厳しくなってきています。社員として従事できるような環境は今後さらに減っていく一方でしょう。

               

               今後、オリンピックやアスリートスポーツの現場に携わっていきたい!という気持ちを持っている人には、「プライドと実力を備えた契約社員」という覚悟が必要になるのではないでしょうか。

               

               そしてその環境下でも生き延びていくために、自分の所属先や働き場所を数か所確保し戦術を持って業務にあたる。ある種の「ロマンとそろばん」を備えて、自分のキャリアを構築していかないといけないのでしょうね。

               

               

               ちょっと生々しいですが、今回はスポーツ現場に携わる為のマインドみたいなものを考えてみました。

               

              それではまた、お会いしましょう。弘田雄士でした。


              「好き」こそがスポーツをする上で最重要な動機のはず

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                 GW前に大阪でつけたテレビで、たまたま「笑神様は突然に」のスペシャルが放送されていました。

                 

                 この中で鉄道BIG4(知っています?)のコーナーがあったのですが、超豪華列車である「トランスイート四季島」のデビュー前の試運転をみたり、中に入って施設を紹介するコーナーがありました。

                 

                 中川家の礼二さんを中心にこの鉄道BIG4の狂喜乱舞ぶりに半ば呆れつつも(笑)、彼らの様子はとても微笑ましいものがあったんですよね。

                 

                 好きなものに無邪気に興奮できる。そんな様子をみるとこちらまで幸せになるなぁ… そんなことに気がついた出来事でした。

                 

                突然連絡をしてきた高校球児
                 話が変わってGW中のこと。3-4年前にパーソナルトレーニングを指導していた、現在高校3年生の野球部員から突然ラインがありました。

                 

                 一言、「今お話できますか」とのことで、彼と久々に電話で話すことに。

                 

                 最後の大会前にも関わらず、野球へのモチベーションが下がってしまった、とポツリポツリと小さな声で語る彼。肩の故障からのリハビリや野球の周囲にある人間関係にも疲れてしまったような様子がこちらにも伝わってきました。

                 

                 弘田が伝えられる言葉はそれほどないので、「とにかく野球を嫌いにならないであげて」と伝えて、最後に「頑張らなくていいから、上手に自分の中で野球との距離感を整理できたらいいね」と言って電話を切りました。

                 

                 取り巻く環境因子や故障によってあんなに大好きだった野球がトラウマになっていく。自分もそういった高校球児でしたし、そんな選手をたくさん見てきました。

                 

                 今振り返ればそれが社会人として役立っている部分もあるけれど、それってやっぱり切ないです。

                 

                 五月の暑くなってきたグラウンドで、メンバーであろうがなかろうが、彼が重たい気持ちではなく、ボールを握りバットを振るその瞬間には「楽しい」や「好き」を感じられていればいいなぁ…

                 

                 今はそんな祈るような気持ちでいます。

                 

                 

                「好きなものは好き!」変わらずにいられるようなスポーツ現場を
                 損得や得意不得意で「好き」が決まるわけではない。本来はそういったものですよね。冒頭に紹介した鉄道BIG4ももはや仕事を忘れた表情でただ目の前の電車への愛着を爆発させていたわけです。

                 

                 連絡をくれた高校球児にしても、生まれつき野球が周りにあり、自分が得意であったことも味方して野球にのめり込んでいったのかもしれませんが、4年前に弘田がトレーニング指導していた際、ピッチングや野球を語る彼は「野球が好きでたまらない」といった様子でした。

                 

                 どのスポーツでも、真剣にやろう、上手くなろうと取り組めば、残酷ですがどれだけ続けたいと思っても、その競技から離れなくてはならない日がくるんですよね。それ自体は仕方のないことですし当たり前。

                 

                 自分が納得するまで挑戦できた、そのプロセスが今後の人生の大きな糧になるはずですから、それは素晴らしい経験なんですよね。

                 

                 しかし特に日本のスポーツ界においては、技術要素以外に本来なら防げたであろうオーバーユースによる故障や、偏った指導者、父兄の圧力、心ないチームメイトなどの要素って大きいのではないでしょうか。

                 

                 疲弊し傷つき逃げるようにそのスポーツを離れてしまう選手が一定数いて、その「元選手たち」がある種のトラウマを抱え、笑顔でそのスポーツを出来ない。

                 

                 こんな残酷なこと、あってはいけないはず。

                 

                 スポーツってもともと大人の娯楽から始まったもの。楽しければいいんですよね。逆に楽しさがないのであれば、それはもうスポーツじゃなく労働に近い運動なのだと思います。

                 

                 もっと肩の力を抜いてスポーツを楽しめる文化。そんなものが日本に根付いていくことを心から願っています。

                 

                 

                それではまた、お会いしましょう。弘田雄士でした。

                 

                 


                自分を成長させるために必要な「多様性に伴う居心地の悪さ」

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                  Thank you for visiting here!
                    若手主体で練習をスタートさせてから4週間が過ぎ、4月中旬には全コーチングスタッフが揃いました。所属する社会人ラグビーチームにて2017-18シーズンがいよいよ本格化してきました。

                   

                  新しいコーチングスタッフもきて今までと違う試みも
                   全体練習が16時半から、ということもありますが連日帰宅の準備を始めるのは20時過ぎ。午前9時前には各々準備のために出勤してきますが、特に外国人コーチは勤務時間が云々ということより、思いついたタイミングで結構深い話をしてきます。

                   

                   経験してきた現場のバックグラウンドは、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、と多岐に渡る事もあり、日本との文化の違いを感じることも多いです。

                   

                   きちんと話を聞いて理解をし、そのうえで伝えるべき事や自分の考えはきっちりという。当たり前のことですが、基本これを全て英語で行わなくてはいけません。

                   

                   中途半端に7割程度の理解はできる弘田にとっては、この壁が大きいんですよね…。

                   

                   日々ストレスを感じつつ(笑)必死に英語を聞き、ちょっとおかしな英語を使いながらコミュニケーションを図っています。

                   

                  多様性からくる差異を大切に
                   先月読んだ記事の中に、「我が意を得たり!」と思うようなものがありました。


                  それがコチラ→  多様性に伴う「居心地の悪さ」こそチームの成果を高める http://www.dhbr.net/articles/-/4627

                   

                   同質なチームは居心地が良いが、それがパフォーマンスには悪影響。研究報告から発表された仮説、弘田には説得力がありました。

                   

                   朝、職場に向かう際にはいつも「…よし!行くぞ!!」と気合を入れないといけない緊張感のある職場。無心でリラックスして向かえるような職場ではないからこそ、自然とスイッチが入り自分を高めていくことができるんですよね。

                   

                   弘田が関わるような、プロスポーツの現場で結果が求められる職場では、極端にいえば「居心地の良さは求めない!」というぐらいの開き直りが必要かもしれません。

                   

                   コーチングスタッフの仲が悪いのか、と言われたら、だいぶ仲良しです(笑)。週に一度の昼休み恒例キックゲームはワイワイと楽しみつつ、話が一区切りした際には冗談やいたずらをするような雰囲気。

                   

                   それでも皆「チームの底力をあげる」「試合に勝つ」という同じ目的に向かって、自分の信じたやり方やより良いアプローチを遠慮せずに出し合う。その過程での激しい議論に躊躇しない、というのが必要なんですよね。

                   

                   おかげで弘田自身も今まで自分の中になかった新しいアプローチや、チームでプログラムを工夫し共に創っていく喜びを感じています。

                   

                   漸進的過負荷の原則と同じように、常に今の自分のちょっと上の負荷をかけつつ、成長していければいいですよね。

                   

                  それではまた、お会いしましょう。弘田雄士でした。

                   


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                  プロ野球チームで一番最初に採用したのは、弘田が興味を持ち当時の千葉ロッテが最初。ずっと使えます!

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