違う分野に飛び込む仲間から受ける刺激:藤田文武という友人

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     タチリュウコンディショニングジムに関わっているスタッフや関係者の方にはアナウンスされましたが、株式会社KTAJの代表取締役CEOの藤田社長。

     

     彼がこのたび日本維新の会からの公認を受けて「衆議院大阪府第12選挙区支部長」として、次期衆議院選挙に向けて活動していくことが正式に発表されました。大阪12区というのは、寝屋川市、大東市、四條畷市の3市で、彼の生まれ育った地元です。

    http://fumitakefujita.com/

     

     今日36回目の誕生日を迎えた藤田文武氏。弘田がいつも言う「松坂世代」の彼とは、今から6年前の2010年9月に知り合いました。当時まだ20代だった彼の出会ったときの印象は「冷静な切れ者」。

     

     スーツの似合う知的な印象ではありましたが、歩き出した動きからラグビー経験者であること、酷い足首の捻挫歴があることがわかり、「ああ、やっぱり体育会系の人なんだなぁ」と思ったのがつい先日の事のようです。

     

     後日談ですが、藤田社長に言わせると「初めて二人で習志野ジム予定地の周りを歩いた日に、僕の足首のケガのことと身体の癖をピタッと当てたじゃないですか。あそこまで正直弘田さんの能力、半信半疑だったんですけど『これでこのプロジェクト、勝ったな』と思いました。」という嬉しいコメントをいただきました。

     

     タチリュウコンディショニングジム習志野本店。ここをオープンするまでの2か月。突如家族よりも長い時間、朝から晩までそれこそ寝食を共にしたものでした。
     

    皆若い!右端が藤田氏。

    左は2015年北海道日本ハムファイターズに入団した村田君と。右の写真は今年VADYの朝日トレーナー(左)と。

     

    見せてくれたお父さんの写真で人柄を確信

     2010年のタチリュウジム習志野本店のオープン以来、親しくさせてもらっていますが、弘田の中で本当に彼の人柄を確信したエピソードをよく覚えています。

     

     出会って半年ぐらいのころだったと思います。藤田社長は2009年にお父さんを亡くしているのですが、そのお父さんの晩年の写真をジムの控室の昼食のタイミングで見せてくれたのです。

     

     大学時代に受け取ったお父さんからの初めての手紙。そのことがきっかけとなり「経営者・教育者・政治家」を志すようになったという話はその以前から聞いていました。

     

     写真当時の藤田氏のお父さんは進行するガンに侵されている時期だったとのことでしたが、真っ直ぐにカメラの方を向く目は100%「生」を全うしている人のそれでした。

     

     厳しくも優しい表情と凛とした雰囲気。写真にも関わらず数秒見入ってしまうようなその魅力に、衝撃を受けちょっと泣きそうになってしまったのです。

     

     弘田は直感型の人間なので、「ああ、俺はこれから何があっても藤田文武という人物の力になろう。こんな親の愛を受けて今なお父の写真を携帯しているこの人物が信じられないわけはない!」と確信したのでした。

     

     …後日そのときの話をしたら、「え〜、僕、弘田さんに親父の写真見せましたっけ〜?」と笑っていましたが。彼なりの照れ隠しかもしれませんね。

     

     

    2014年の転機、快く送り出してもらった恩人

     タチリュウコンディショニングジムの前身となった会社でも、勤務しながら日中に「中抜け」して三年もの間、鍼灸専門学校に通うワガママを許してもらっていました。

     

     そして国家試験を受けようやく専門学校も卒業へ、という2014年2月には現新日鐵君津の投手コーチ兼選手である渡辺俊介に同行してのアメリカ行きを決断した弘田。

     

     当時はまだチーフとして現場のトレーニングを仕切らせてもらっていた時期。激怒されても仕方がない決断でしたが、「弘田さんらしいですね。頑張ってきてください!そしてどんな形で会ってもずっと関わっていきましょう」と温かく送り出してくれた藤田社長。

     

     彼の懐の深さに助けられて、スポーツ現場の仕事をメインにしている現在も、コンディショニング統括ディレクターという名前で愛着あるタチリュウコンディショニングジムとも関わらせていただいています。

     

     返報性の原理、なんていいますが、ビジネスにおける緻密な計算とともに全く力まずに関わってくれる「人間味」を感じることができて、自然とたくさん力になりたくなる、そんな魅力的な戦友なんです。

     

     

     経営者・教育者としてキャリアを重ねてきた彼がついにもう一つの志である「政治家」になるべく、その第一歩を踏み出しました。

     

     2010年以降の弘田の仕事をサポートして下さった社長、そして大切な戦友として、彼の新しい挑戦を目いっぱい応援していきたいと思っています。

     

     彼の持っている心根や器から、近い将来間違いなく「日本のこれからを真剣に考え行動してくれる政治家」として出てくるであろう、藤田文武氏。彼の名前を覚えておいていただけたら、と思います。

     

     戦う舞台は違いますが、ずっと苦楽を共にしてきた戦友が違う分野にチャレンジしていく。トレーニングやコンディショニングの世界で戦っていく弘田にとっても、嬉しく大きな刺激になっています。

     

     大切な人の力になり、大事な人たちの「大事な存在」になれるよう自分自身、日々切磋琢磨していきたいと思います!

     

     

    それではまた、お会いしましょう。弘田雄士でした。

     


    増える仲間、巣立つ仲間

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       4月も後半に入り、新しいスタートにも慣れたころ。所属する近鉄ライナーズにも大卒3選手が加わり、まだまだ戸惑いながらも少しずつチームに溶け込んできています。そして3月末を持って元の所属先を離れた知人たちの様子も、フェイスブックなどのSNSを中心に公開され、違う環境でまた挑戦を続けている様子がわかります。

       ディレクターとして携わっている、タチリュウコンディショニングジムにおいても、長く熊取店の院長や店長を務めた、寺岡祐助氏が退職。晴れて母校、関西医療大学の保険医療学部教員として4月から教壇に立っています。
      http://www.kansai.ac.jp/course/teacher/medical/post_44.html

       共に施設内で時間を多く過ごしていた仲間が、大学教員として生徒たちに教えている、というのはちょっと違和感はありますが(笑)、これもまた喜ばしい事。

       関わっているジム施設や治療院、そして所属するチーム、どこでもそうなのでしょうが、自分の望むキャリアや積みたい経験、そして働いてからの心境や環境の変化。これらの影響により新天地でチャレンジしたくなることは多くなると思います。最初に勤務したその地が結果的に最適なこともあれば、2度、3度と環境が変わることにより、自分のやりたかったこと、得られたものが実感できる、という事もあります。

       転職が必須ではなく、かといって、同じ所で働き続けるのが安全志向というわけでも断じてない。要は自分の心持ちなんですよね。長く同じところで働く機会があっても、同じ一日はないわけで常に緊張感と日々学び、吸収するんだ!という気概は絶対必要。そして職場が変わったとしても、自分の信念や想いは変えてはいけないし、変わるわけはないのでしょう。

       タチリュウジム熊取店に行った際に、当たり前にいた寺岡氏に会えないのは少し寂しいですが、これも施設や彼自身にとって、一つの成長の証。機会があればお土産を持って、関西医療大学の彼を訪ねたいと思います!

       
       
       それではまた、お会いしましょう。弘田雄士でした。 

      トレーナー業を通して知り合った方々との再会

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         先日、嬉しい再会となったのは、
        クライムファクトリー株式会社、代表取締役の馬淵さん(真ん中の方です!)。
        弘田がロッテ退団となったオフに初めてお会いしましたが、当時は立ち上げたばかりの2名の会社だったと記憶しています。大手企業からシステムを買われ、今はR-body projectの電子カルテシステムなどを提供したり、プロ野球球団の管理システムに導入されたり、活躍されています。

         

         同じ時期に、分野違えども、もがきながら何とか生き残ってきた、と勝手に共感を覚えて応援していましたので、お元気な姿でお会いできて、とても嬉しかったです。思い出話や今後のスポーツ業界におけるビジョンなど、楽しく熱い時間を過ごすことが出来ました。

        日本でトレーナー業をしていると、どんどんお知り合いの方が増えていきます。しかしそれと比例して、昔からスポーツ業界を取り巻く産業で残っている知り合いの方が増えていっているか、というとそうではありません。それだけ厳しい業界ではあるんですよね。

         だからこそ、古くから自分が苦しかった時に声をかけてくれたり、手を差し伸べてくれた方たちへの恩義や情は忘れてはいけないと改めて感じました。


         それではまた、お会いしましょう。弘田雄士でした。
         

        四国ILチームにて経験を積んだトレーナー

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           スポーツ現場で仕事をさせていただいて今年で15年目に突入。それなりに現場で出会うトレーナー業界の仲間も増えてきました。今日はそんな中の一人をご紹介。西川塁さん。日体協アスレティックトレーナーです。

           初めて彼と会ったのは、嬉しい事に弘田が講師を務めるセミナーでした。野球関連のセミナーに何度か足を運んでもらいました。
          専門学校の講師として教壇に立っていた西川氏でしたが、大学院での研究なども行い、次のステップへと挑戦しようとしていた時期に、彼と再会しました。

           その時はご縁がなく一緒に働く機会はなかったのですが、現場での仕事を求めて西川氏は一念発起。四国アイランドリーグチームの一つ、高知ファイティングドッグスに2013年途中から飛び込んだのでした。

           高知にはたまたま私の父、弘田澄男が当時チーフコーチとして在籍。翌年2014年には監督に就任しました。その父からの要望もあり、2014〜2015年シーズンと西川氏は独立リーグながら、プロスポーツの現場での経験を積んだのでした。

           

           昨年の11月には、弘田が高知へ立ち寄った際、声をかけてくれ、2時間ほど西川氏と食事に。相談や質問をしてくれましたが、その一つ一つが、ああ、現場で経験を積んだからこそこういう事を感じるんだなぁ、といったものでした。改めて、自ら思い切って行動をする、経験を積む、という事の大切さを彼から学びました。

           2016年からは関東に戻り、社会人ソフトボールチームのトレーナーとしてまた現場に立つことになった、との事。大変な事も多いですが、現場だからこそ学べる事って本当に貴重。今後も自分の大切なものを見失わずに頑張ってほしいですね。

           そして、こういった熱意のある次世代のメンバーの、”なりたい”の一つの形になっていけるように、まだまだチャレンジを続けていかないと、と身の引き締まる思いがしています。維持は即後退、ですからね!


           それではまた、お会いしましょう。弘田雄士でした。
           

          20年以上スポーツ現場に立ち続けた大先輩と

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             急激に寒くなり、暖冬と呼ばれている2016年1月も例年並になってきましたね。ラグビーシーズンらしい気候の中、本日の最終調整を終えれば、弘田が所属する近鉄ライナーズはチームで前日移動。明日の東京秩父宮での対キャノン戦に備えます。

             先日、オーストラリアン徒手療法のセミナー受講した際、少しぶっきらぼうな口調で細かく的確な質問をする受講者がいました。何となくお会いしたような気がする風貌(失礼ですが)だなぁ…と思いつつ、講義は進んでいく中、お昼休みに入る直前。

             「…もしかして弘田君?」

             とお声掛けをいただきました。よーくその方を見てみると…

             「あ、石原さん!お久しぶりです!失礼いたしました!!」
             とても驚きました。阪神タイガースで2013年シーズンまで、トレーニングコーチやリハビリ担当を20年以上務めてきた、石原慎二さんだったのです。

             せっかくなので、そのままお昼をお供し、近況報告と情報交換。

             石原さんがゲスト出演されている講演に初めて参加したのは、20年近く前。弘田が千葉ロッテに入団させてもらい、初めてご挨拶をしたのが2003年だったと記憶しています。

             そのころから石原さんの専門知識に対する好奇心と、職人気質な雰囲気は全くお変わりなく、それが妙に嬉しくなりました。

             トレーナー業界の第一線で20年以上、実直に結果を出してきたプロフェッショナルが、20〜30代中心の受講者に交じって、当たり前のように、ノートを取り、質問をし、教えを乞う。

             きっとプロフェッショナルとして、当たり前の事なのでしょうが、それを当たり前の事として継続できる人は、きっとそれほど多くありません。

             講師のジェフ・マリーさんに講習後、ご挨拶をし、梅田駅まで石原さんと共に帰らせていただきました。握手をしていただいて、梅田の地下鉄へと歩いていく石原さんを見つつ、ああ、こういう先輩のような学びを続けていこう、と勇気が湧いてきました。

             そんな意味からも、このセミナーに参加した日は、とても実りの多いものになりました。やはり直感が働いて、「行きたい!会いたい!」となったら、行動する事が大切だなぁ…と感じた一日でした。

              
             
             それではまた、お会いしましょう。弘田雄士でした。
             

            細山田武史選手と高森勇旗氏

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               嬉しい温かい記事を読むことが出来ました。
               
               http://toyokeizai.net/articles/-/97731

               元横浜DeNA、ソフトバンクの細山田武史捕手について。本当に超ナイスガイで、人を安心させてくれる、素晴らしいプレーヤー。2010・2011年には橋本将選手の紹介で、鹿児島にて一緒に合同自主トレをさせてもらいました。トヨタでも頑張れ~!!

               http://yujihirota.jugem.jp/?eid=197

               彼や渡辺俊介が、社会人野球の世界で再びユニフォームを着ることが嬉しくてたまりません!

               …それにしても細山田選手の記事を書いた、高森氏。元プロ野球選手の彼の文才、すごいと思いませんか。数年間で間違いなく、日本を代表するスポーツエッセイストになると思います。…弘田は既に彼の文章の大ファンです!バットとグローブをペンに持ち替えて、また違う才能を発揮出来る、今後の高森勇旗氏にも注目ですね。
               

              戦友と思える幸せ

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                 先日、嬉しいニュースが飛び込んできました。

                http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20151113-OHT1T50190.html

                 竹原選手とは、千葉ロッテ所属時代に一緒に過ごした、今は数少なくなった現役選手の一人。毎年毎年どんどんと減っていく当時の現役選手。当然の事とわかってはいるものの、やはり厳しい世界だなと感じ、寂しい気持ちになるものです。そういった意味でも、2016年もユニフォームを着られる選手たちには、本当に頑張ってほしいと思います。

                 そんな竹原の同期、現横浜DeNAベイスターズの久保康友投手とも先日食事をしてきました。新しい環境にいる弘田の、ラグビー界に関するトレーニングやコンディショニングの考え方、など、淡々とした口調ながら興味があるようで、お互いやはり仕事の話が中心になりました。

                       

                 7~8年前と違って、子供の話もはいってくるようになったのが、当時の久保とは大きく違うところでしたが(笑)。

                 竹原や久保、当時は20代半ば(とはいえ二人とも社会人出身だったので、とてもしっかりとした考え方を持っていたルーキーでしたが)でプロ野球の世界に入ったばかりだった選手が、今や30代半ばのベテラン選手に。そして働く現場は違っても、当時ちょこちょこ言い争いや議論をぶつけ合ったりした時期を経て、彼らのような人たちを「戦友」と感じられて、応援したり励まされたりしてもらえる、幸せ。

                 こういった喜びが、不安定でともすると殺伐とした雰囲気になりがちなプロスポーツの現場の仕事の醍醐味なんだな、と今感じています。今携わらせていただいている、ラグビーの選手やスタッフともこういった信頼関係を構築できるように、まずは商品としての能力を最大限発揮しつつ、日々感謝を忘れずにグラウンドに立っていきたいと思います。

                       

                熱烈な横浜DeNAファンの近鉄の某コーチに、久保のサイン入り帽子をプレゼント。とっても喜んでいただけました…(^_-)
                 

                6度目の通告

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                   9月末の週末。連休を利用して、高知へ帰郷しました。
                  祖母と一緒に4年前より住み始めた母は嬉しそうに、私を迎えてくれました。

                   両親は私が中学に上がったタイミングで離婚していますので、父と母、同時にはなかなか会えません。しかし父は早朝釣ってきた新鮮な魚を持って、祖母と母が住む家に私を訪ねてきてくれました。手際よく魚をおろしていく姿は圧巻…でした(笑)。

                   父、弘田澄男は私と会う2日前、高知ファイティングドッグスから監督の解任通告を受けました。
                  http://www.fighting-dogs.jp/news/338

                   約一か月が経ちましたが、ようやく正式にHPや書面にて告知がされましたので、このブログにもあげられるようになりました。
                  プロ野球の世界で、何回も契約解除通告を受けてきた父。それでもその後、また違うオファーを受け、単年契約で、40年近くユニフォームを着続けてきた父。

                     

                   癖のある、取っつきにくい職人肌。誤解されるばかりで、言わなくてもいい一言を言わずにはいれない、頑固者。…小さい小さい父ですが、とてつもなく大きな背中で、この人を追いかけるのは大変。溢れる才能やセンス、研究心は遠く及びませんが、一筋縄ではいかない、ややこしい気質だけはしっかりと受け継いだようです。

                   父と母の愛情を疑わずに、世代の縦軸に挟まれた自分を感じつつ、自分の子どもに向き合える。父と母の生き方を尊敬できて、迷いながらも自分の信じた仕事と向き合える。こんな恵まれた事ってないですね…。

                   大切な人達を大切に、感謝を忘れず。悔いなく信じた道をやり切るのみ!柔らかく、それでもごつごつした部分は失くさずに、まだまだ走っていきましょう。

                   

                   

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